四方山話
四方山話
ある親方の呟き12
巡業~ちゃんこ風景
さてお相撲さんの仕事は年6場所で良い成績を上げる事ですが、春夏秋冬全国を巡業するのも大事な勤めです。
その昔、現役時代に巡業を1度も出ないで親方資格を剥奪された力士もいました。今の巡業は顔見せ的に風景も全く変わりましたが、半世紀前までは情緒があって風情がありましたな。
第一にちゃんこがなくなりました。
このちゃんこはお相撲さんの食事ではなく料理する事が無くなったんです。だんだん新しい体育館の火の取り扱いがダメになり、衛生面やゴミ問題と世知辛い世の中になったということです。
朝相撲場に着くと、泥着を羽織ったベテラン力士が、買い出しマイクロバスに乗り、朝早く特別に開店したスーパーにおしいって、からの段ボールに財布の中身と相談しながら次々と材料を買って行く。気が利いた関取がいる部屋だとちゃんこの足しにと余裕が有りますが、出来上がる料理は千差万別。それでも港が近くなら新鮮な魚料理が並びますし、冷凍食品なんかほとんど使わずに地元の食材を上手に仕上げてくれたもんです。
その頃、相撲場では新弟子がホースを片手に水道の蛇口を探して、前日そのまま汚れた食器や道具を皿洗いして、中堅力士が七輪にせっせと炭を起こして、鍋いっぱいにお湯を沸かしておかないと大目玉を食らいます。
ちゃんこ長が帰って来ると山のような材料を走って取りに行って、主菜となる鍋の前にドカッと座り、それから終わるまで動く事なく色々指示してきます。新弟子はもっぱら雑用、野菜の切り込みは中堅力士、味付けやメイン料理は誰も触られません。カレーなら牛スジを煮込んで、ニンジン、玉ねぎ、じゃがいもをふんだんに入れたりして、焼き肉なら色んな部位の肉を炊いてプロ顔負けのスープを作ります。
稽古をしないと親方に怒られるし、ちゃんこもしないと兄弟子に目をつけられるし、初めは右往左往して16歳の艶々の手はすぐに赤ぎれします。 関取衆が美味しそうに食べてるのをお給仕して、終わると時間が無いので立ってちゃんこをお腹に詰め込むと、まわし一丁の、みすぼらしい姿は田舎の両親には見せられません。
でも、冬巡業も折り返した露天興行で雪が降る鹿児島県牧園町で、いつも仏頂面のちゃんこ長が、いっぱいにお湯が沸いた鍋に、エースコックのワンタンメンとドバドバと卵を入れたインスタントラーメンはこの世で一番旨いインスタントラーメンとして今でも忘れられませんね。時の流れとはいえ、手配された弁当を食べるだけでは修行とはいえませんね。
便利は不便と言いますか考える事、知恵を絞る事が失われてきました。
雨が急に降った時の、ブルーシートを持ち出して、ちゃんと四角を考えてささっと木登りして枝にくくりつける仕草は惚れ惚れしましたし、場所取りする時は、わざと入り口でつまずいたふりをして時間稼ぎをして、『お前たち先に行け』と頭脳作戦の兄弟子は流石だなと感心しました。
巡業にまつわる話はまだまだあるので一旦中入としましょう。