四方山話
四方山話
ある親方の呟き10
新弟子時代
晴れて新弟子検査に合格しお相撲さんとして第一歩を踏み出すわけですが、相撲界による新弟子期間とは入門して1年間となります。
検査に合格した瞬間に『お客さん』から『お相撲さん』としてし烈な弱肉強食の『修行』が始まる訳です。
とはいえ始めから土俵でガンガン稽古をつける訳ではありません。中学校を卒業した子供にコンクリートみたいに固い土俵で大男に引きづりまわされたら、一辺にバラバラになってしまいます。
先ずは日常の私生活に慣れる事につきます。掃除、洗濯、お使い、電話番、ちゃんこ番、ととにかくやることが多い。それが憧れの関取衆の身の回りの世話ならまだしも、
3年位のちょっと偉そうな兄弟子や、30歳過ぎの強くもないのに年数だけの兄弟子の雑用となると何ともやりきれない思いもあります。
いろんな性格、いろんな場所から集まった、さまざまな年代や裏方の人たちと生活するわけですから人間関係にも神経をすり減らす日々です。
1日が終わってやっと一息つくのは布団の中。頭から掛け布団をかぶって懐中電灯で兄弟子の漫画を読みながらいつのまにか寝落ちして朝がおとずれる。
でも誰もが通る道ではないでしょうか。
中学校まで親元で育ち社会とは何かを知らず相撲界に飛び込んで辛かったかもしれませんが、何も知らない『若さ』があるから乗り越えられるってもんです。
やはり何事も修行は早いにこしたもんはありませんね。
まぁしかし力士の本分は相撲で勝って出世する事です。
本場所が始まるといよいよ本土俵での勝負が始まります。 この時初めて土俵に上がって相撲を取る。それが初土俵。そして初めての相撲は『前相撲』と言って次の場所の番付の順番を決めるだけの取り組みになり、 その場所の入門人数により3番か4番取って決めます。それが年6場所ごとに行われる訳です。
前相撲はその名の通り、その日の取り組みの前に相撲を取りますから早朝より始まります。30年位前は中卒組の全盛期。みんな坊主にして若者頭に促され、次々に土俵に上がります。 次の番付を決めるだけの相撲とはいえ土俵に上がると小さい小さい闘志が沸いてきます。相撲を知らない子供が飛んだり跳ねたり無理に残したり。 観てる周りがハラハラして、だいたい脱臼や脳震盪する力士が何人かいます。そして成績が良い順に抜けて順位が決まり、一番出世、二番出世、三番出世と一歩一歩力士に近づいていきます。
そして出世すると『出世披露』が行われます。これは関取だけが付ける『化粧回し』をその時だけ付けて、お客さんはもちろん協会全体に挨拶に回る事です。
土俵で出世披露が終わるとそのまま各部署にいき、『〇〇部屋の〇〇です。よろしくお願いいたします』
始めは理事室から。
未来の関取を品定めするかのような眼差しで迎え入れます。化粧回しには関取の名前が刺繍されており、『〇〇部屋の新弟子は良い体つきしてるな』とか
『おいおい〇〇部屋の小さいけど大丈夫か?』と部屋と部屋とはライバルですが相撲という村社会に入れば運命共同体です。
相撲業界には『出稽古』という素晴らしい制度が脈々と受け継がれてます。これはどの力士がどの部屋へ行って稽古しても絶対部屋は断らない事です。 たとえ部屋の力士ではなくても進んで出稽古に来て頑張って鍛えて出世していく様を眺めると、やはり情がわいて嬉しいものですね。 悲運の横綱玉の海関が小部屋故に稽古相手がなく、一門の大横綱大鵬関がいる二所ノ関部屋に足しげく通い稽古付けてもらい数度土俵で対戦し、 ついに大鵬関に勝った時『恩返しが出来ました』と言ったのも、これも大相撲がもつ『美』ではないでしょうか。